一体の蝋人形

こんにちは。

ぶんじゃくです。

猛暑が続く中、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、広島の原爆資料館から、被爆直後の悲惨な状況を再現した蝋人形が撤去されたことをご存じでしょうか。

このニュースは、多くの人々の間で様々な議論を巻き起こしました。

資料館側は、リニューアル後の展示において、被爆者の遺品や当時の写真、映像といった「実物資料」をより重視する方針を示しました。

実物こそが被爆の「迫力」や「非人道性」を直接伝えられると考えたのです。

たしかに、焦げ付いた三輪車や焼けただれた衣服には、言葉では言い表せない重みがあります。

しかし、この撤去には反対の声も多く上がりました。

特に、かつて蝋人形を見たことのある世代からは、「あれを見て戦争の悲惨さを感じていた」「子どもたちにも見てほしかった」という意見が聞かれました。

蝋人形は、写真や文字だけでは想像しにくい被爆直後の状況を、視覚的に、そして感情に訴えかける力を持っていました。

恐怖を覚えるほどの生々しさが、かえって原爆の恐ろしさを強く印象づけ、二度と繰り返してはならないという思いを胸に刻んだ人も少なくないでしょう。

私たちにとっての、ぞれぞれが思う「原爆の真実」とは一体何でしょうか。

一体の蝋人形をめぐって、そんなことを考える夏でした。

それでは今回はこの辺で。

さようなら。