「簡潔さ」の落とし穴:日本語の難しさとAIとの付き合い方

PMとしてプロジェクトを回す中で、日本語の「行間」や「伝え方」の難しさに、改めて頭を抱える出来事がありました。

実は先日、私が主催する講習会の会場を、急遽変更せざるを得ないトラブルが発生しました。これまで制限なく使えていた什器が、実は契約者専用だったと指摘され、受講生の皆様が使えなくなってしまったことが発端です。

今回の反省点は、トラブル対応時のコミュニケーションです。私自身も、そして会場のオーナー様も、ビジネスライクに「簡潔に」「結論から」伝えようと努めました。しかし、これが裏目に出ました。

日本語において、クッション言葉を削ぎ落として結論だけを突きつけるスタイルは、読み始めの印象を極端に悪くします。簡潔さを追求するあまり、お互いの配慮や、受講生を思う真意が伝わらず、無機質なテキストの応酬になってしまったのです。

切羽詰まった状況では、一刻も早く連絡したくなります。しかし、そんな時こそ「送信ボタン」を押す前に一晩、いや数時間でも時間を置く工夫が必要だったと痛感しています。

ちなみに、対応策を練る中で生成AIにも壁打ちを頼みました。しかし、AIは優秀すぎて、無意識に「私(ユーザー)が欲しい言葉」つまり自分寄りの回答をしてくる癖があるようです。客観的な視点を得るには、AIへの指示出し(プロンプト)にも研究が必要だと感じました。

ツールが便利になっても、やはり文字だけで心を正しく伝えるのは難しいですね。この失敗を糧に、次はもっと温かみのある「簡潔さ」を目指したいと思います。